53綺羅々から、ずっと前から予約していた宇宙船に乗ろうと誘われて乗船した あとも、彼が奈羅との一夜をどんな風に消化しているのだろう、 どれくらい好きなのだろう、 彼女と仲良くしておいてどうして私をデートに誘うのだろうって……彼の 気持ちが知りたくてぐるぐる同じことを想い続けてしまう。そんな気持ちの不安定な私に綺羅々はずっと気遣ってくれて、 素敵な場所に 連れて行ってくれた。「楽しくて面白い場所があるから少し船を降りてみよう」彼からそう提案されて降り立ったのは、地球の雲の上だった。小さな天使たちの指導的立場の天使たちが見守る中、小さな天使たちは 思い思いに自分たちが選んだ滑り台から次々と滑っていく姿があった。 「あの下界へと続く滑り台を滑っていくとあの子たちはどうなるの?」「地球に住む女性のお腹に飛び込んで、その女性の子供として産まれ、 一生を過ごすんだ。皆、自分で選んだお母さんの子供になるんだ。でも大抵皆、そのことを忘れてしまうみたいだけどね。 面白いよね。 中には自分で親を選んでない子たちもいるらしいけど」『人間……』 大好きな綺羅々と会って話をするのも、イケボを聞くのも、彼の心情を慮る のもどんどん辛くなってきていた私は、事故を装い倒れ込む振りで、側に あった滑り台からスルスルっと下界に向けて滑り落ちていった。 『さよなら、綺羅々』「ワァー、アァー……薔薇~、薔薇~待って」悲壮な綺羅々の叫び声を背中で聞きながら、私は日本人のお母さんのお腹の 中に飛び込んだ。そして自ら望んだように、綺羅々との記憶を消してしまっ たのだ。
54 ― 長老に学びに行く ―余りのことに悲しみに暮れる綺羅々。アクシデントで人間界へ行ってしまった薔薇。失態を犯したにも関わらずデートに誘うと会ってくれた薔薇。デート中自分の話に耳を傾けてくれていたけどどことなく、哀し気だった薔薇。だからこの先も何度もデートに連れ出し、楽しい気持ちに、そして元気にしてあげたいと考えていたのに……それどころか彼女はバランスを崩して覗き込んでいた滑り台から滑り落ちていってしまった。そして彼女が消えてしまった場所には、バッグが残されているだけだった。一昨日の挽回をするため、薔薇が楽しめるようにとデートに、宇宙船に乗り込み地球上の天界の様子などを見学することに決めたのだが、大変なことになってしまい 意気消沈する綺羅々。その後、事故のあらましを薔薇の家族に連絡し、貴重品であるバッグを返しに行くことになる。薔薇の両親と姉たちは残念がりそれなりに胸を痛めている様子が見てとれたが、彼らは人間とは違いまた将来互いがどこかの時代どこかの場所で産まれ変わり再度出会うことを知っているので、深い絶望まではいかない。この時綺羅々は、薔薇の家族のためでもあるが自分のために、地球上に産まれ落ちた 薔薇の様子を定期的に見守り、金星よりずっと時間の流れの速い地球で薔薇が人間としての一生を終えた時、地球の地上から離れ天界迄の空間に彷徨っているところを見計らって迎えに行こうと決心した。ただ、それは100%上手くいくかどうか分からないことなので薔薇の家族には話さなかった。できれば連れ帰るのはここにいた時のままの薔薇で連れ帰りたい。そのため、この時の綺羅々は長老のところへ行き、薔薇が元いた場所に同じような年齢軸で連れ戻せる方法を学ぼうと決めていた。
55 ― 奈羅の企みを知った綺羅々 ―薔薇のいなくなった悲しみを彼女の家族と共有したあと、母親が薔薇の部屋に案内してくれた。そして『美味しいおやつと飲み物を持ってくるので少し待ってて。あなたも疲れでしょ、何か口に入れてゆっくりしていってね』……と言い置き、『あ』や『い』も言わさず彼女はさっさと部屋から出て行った。俺は側にある椅子に座って待つことにした。「はぁ~、参ったな」正直な気持ちが呟きとなって零れ落ちる。綺麗に整理整頓された薔薇の部屋。できるなら、彼女の恋人として訪れ、実のある会話で楽しい時間を過ごしたかったなと切実に思う。とそこに突然薔薇の元へ誰かからメッセージが届いたようで、透明のタッチパネルが部屋の中で立ち上がった。自分へのものではないから少し戸惑いがあったが、やっぱり湧き上がる興味には勝てず、パネルを引き寄せメッセージを読んでしまった。『Hi! あれから何のリアクションもないから念押ししておくわ。綺羅々のことはきっぱりと諦めること。彼が好きなのは私だからね。いい、分かった? 私たちは付き合ってるのよ、だからこの先綺羅々に近づかないこと、私たちの邪魔をしないこと――奈羅』あれから……ってことは、他にもメッセージが送られてきているってことだな。俺はパネルを操作し、このメッセージの前にも奈羅から送られてきていたメッセージを見つけた。そこには信じられない言葉の羅列と映像が添えられていて、俺は頭を掻きむしりたくなった。それでだったのだ。デートの最中も薔薇の瞳が悲しみの色で覆われていたのは…… 俺の思い違いなんかじゃなくて、こういうことだったのだ。俺はこの時ほど己の自己管理の甘さと脇の甘さを呪ったことはなかった。
56― 出会いと再会(美鈴《薔薇》)― 新天地での暮らしが漸《ようよ》う落ち着いてみれば、暦は落ち葉が舞い落ち何となくもの寂しさを感じるようになっていた。そんな暮らしの中、初めての町内会の回覧板が回ってきた。そこには掃除の件の他にバス旅行の案内が記されていて、費用について観光バス代・昼食代・有料道路代・入園代含む費用9100円と書かれてあった。町内は高齢者ばかりのようだから、どうしようかななんて考えたけど逆に同世代のいない気楽さがあるかもしれないし、顔見知りのいない今だからのお気楽さとも併せて行ってみようかという気持ちになった。締め切りギリで申し込んでから約1か月後に私は町内会のバス旅行に参加した。当日バスに乗り込むと、皆《みんな》親子連れ2人とか老夫婦で参加していて出発ギリギリまで1人で座っているのは自分だけ。ひゃあ~、気楽ではあるけど余りにも寂しいような……微妙な心持ちになった。出発直前にバスガイドさんからの点呼が始まり「え~と後は根本さんがまだいらしてないようですので皆様、今しばらくお待ちください」とアナウンスがあった。『私の隣になる人はどうもその根本という人みたいだ。爺様なのか婆様なのか、はたまたおじ様なのかおば様なのか。4択のどれなんだろう』そんなふうに想像していたら、イメージ外のイケボでものすごい顔立ちの整ったそこだけ眩いオーラで纏われたモデル級の男性が姿を現した。「いやぁ~、遅れてすみません。根本です」「おはようございます。根本さんのお席は野茂さんの隣になりますのであららへどうぞ」バスガイドはそう言うと直ぐに挨拶を始めた。
57 「皆様お待たせいたしました。 本日はお天気にも恵まれ、絶好の旅日和となりました。これから水族館、染め物体験工房、ビール工場へと順次訪問予定に なっております。最後まで皆様にとって良い思い出がたくさん出来ますよう、精いっぱい 努めさせていただきたいと思います。それでは出発します」『やっと、逢えた~感無量だ』美鈴に対してそう胸の中で呟いたのは根本圭司《ねもとけいし》。「おはようございます」「おはようございます」爽やかな挨拶を美鈴と交わし圭司は座席に座った。「今日は天気が良くてよかったですね」 「あ、はい。そうですね」 「今まで……お見かけしたことありませんよね?」 「ええ、2か月とちょっと前に越して来ました」 「そうでしたか。え、わたくしこういう者です」そう言って私は根本さんから名刺を渡された。へぇ~、市役所にお勤めなんだ。 名刺には建設局土木管理部・土木管理課とあった。公僕の人の名刺があれば、何か困りごとが起きた時頼れそう~。 私は彼の名刺を有難くバッグに大事にしまった。それから私たちは、お互い町内のどの辺りに住んでいるかというような世間 話などで最初の訪問先までの時間を費やして過ごした。 初めて会った見ず知らずの、とんでもないイケボの方とあまりにも普通に 会話している自分にびっくりするわ。ふふふ。きっと根本さんが気さくで話し上手なせいね。バス内で会話を繋いでいるうちに、最初の訪問先である水族館前に着いた。私たちはガイドさんに促されて下車。 そこでガイドさんからの案内アナウンスがあった。決められている時間内に水族館前に集合ということで私たちは解散した。
58『一人で水族館巡りかぁ~』なんて考えていたら、すっと自然に側にいた根本さんから話し掛けられてそのまま一緒に見て回る雰囲気になった。あちこちあ~だこうだと話しながら、最後には一緒に座り何年か振りにイルカショーを見た。彼と声を掛け合って楽しいをシェアできて気持ちよかった。気付くと自分に笑顔が増えていたー。普段使ってない筋肉をめいっぱい使ったような気がする。さて、次に訪れたのは京友禅体験工房での染め物体験だった。何種類かあるうちの型紙を選んで染料を筆に取り塗って染めていく。仕上げた後で根本さんと見せ合いっこして、感想を言い合った。イケボとの会話は殊の外、心が癒された。そしてその次に行ったのがビール工場の見学で機械を見たり、ぬいぐるみと一緒に撮影したり……私と根本さんふたりで一枚のフィルムに中に納まった。『ねぇ、確実に私……運気上がってない?』存外に楽しくて、バスから降りる段になるとあっという間の一日だったなぁ~なんて思えた。自宅に戻れる安堵感と共に、ひょいと寂しさが顔を出す。「今日は1人きりでの行動だと思っていたのに根本さんと同行できて楽しかったです。ありがとうございました」「それはわたしのほうです。やっぱりおしゃべりできる相手がいると楽しいし、時間の過ぎるのがあっという間でしたね。ははっ。」「じゃあ、これで失礼します」そう言い、美鈴が潔く踵を返し歩き出したあと、根本から思い出したかのように呼び止められた。「そうだ! 自分のところの宣伝みたいで申し訳ないですが……」美鈴は声の主の方へ振り返り首を傾《かし》げて返した。「はい?」「実はですね、もうすぐ毎年恒例のウォーキングイベントがあるのですが、 よろしければ参加してみませんか? 一緒に参加するご友人とかご家族がいらっしゃらないのであれば、わたしがお供しますので」目の前のイケボが言う。『わたしがお供しますので……』『わたしがお供しますので…』『わたしがお供しますので』行くに決まってるでしょ。「予定が入っていなければ、参加させていただきますね」「ありがたい。じゃぁ、詳細をご連絡したいので名刺に載せてるわたしのメールアドレスに空メール送ってもらえますか」「……はい分かりました。今どきは名刺にメルアドも書いてあるんですね」「はははっ、役所
59結局その後、メールの遣り取りを経て、私は根本さんに誘われる形で市の『宇宙人を探せ! in 宝が池公園』と銘打つウォーキングに参加することとなった。参加を決めてから当日までを数えると20日余り。健康と美容のためもあり、私は毎日人気《ひとけ》や車の往来の少ない道を選んで練習を重ね日々を過ごした。……そして、イベント当日を迎える。私たちは根本さんの車で現地まで行くことにしたのだが、周辺の駐車場が少ないため、予定時刻よりかなり早めに出発し最寄りのカフェで朝食を摂ることにした。私はドーナツと紅茶を、根本さんはサンドイッチとコーヒーを注文し時間を潰《過ご》した。外を歩くにしても公園内で時間を潰すのにも、今が暑からず寒からずの良い気候なので助かる。食後しばらく胃袋を休ませてから、私たちは公園へと向かった。― ある日、宝が池公園に宇宙船がやってきた……というSTORY. 宇宙船に乗っていたのは、ご当地観光ツアーに来た宇宙人で、わくわくが止まらない宇宙人は、ツアーガイドの言うことを聞かず好き勝手に行動しはじめてしまったという設定。宇宙人を探し出すというのがミッションだった ―いや、何て言うか……親子連れとかだと楽しくて良い企画だと思うけど。でもまぁ、ひたすらゴール目指して歩くだけよりは途中でおさぼりもできそうだし、いっか。根本さんが何才なのかは知らないけど私と似たような年齢だと思うから何が悲しくておばさんとおじさんがこんな子供向けのイベントに参加とは……とほほのホと思わなくもないけど、よいお天気だし気持ちよく過ごそう~っと。しばらくの間、ここかなあそこかなと探しまくっていたけれど人目のつかない場所で何度か私たちは休憩し《だらけ》た。2回目の休憩迄は『宇宙人はどの辺にいるのだろう』と今回の趣旨に外れない会話だったが、3回目の休憩タイムに入った時のことだった。「野茂さん、最近金星人と接触したことあるでしょ」と根本さんから言われた。えーっ、一体全体~どういうこと? 大体からして、金星人という言葉自体普通の人間の人知を超えた単語で、尚且つ私がその疑わしいような金星人と出会っているなんてことを知っているなんて、根本さん……何者なのじゃ。実際自分が体験しているというのに、私は頭が真っ白になるわ、胸はドキドキするわで、
60 ― 特殊な能力者 ―「さっきの話だけど、僕は元々東北の方の生まれでね、そういう家系なんだ」「そういう家系とは?」「つまり、霊能者ってこと」「青森と言えば、女性霊媒師でイタコのことは聞いたことありますけど、でも確か男性のイタコは聞いたことないですね」「そう? 過去テレビなどで取り上げられていたのがたまたま女性ばかりだったからかもしれないね。でも確率の問題で沖縄のユタなんかもそうだけど、男の霊能者を名乗る人間は結構いますよ」根本さんの言い方に違和感を感じて私は失礼を承知で質問を投げかけた。「偽者もいるということでしょうか?」「そう……ですね、中にはいるかもしれません。ちらっと数人に対する偽者発言は聞いたことありますね」「……ということは、根本さんは本物ということでしょうか? あっ、失礼しました。不躾な質問をしてしまいました」「大丈夫ですよ。野茂さんのように考えてしまう人が大半でしょう。ただ本当に救いを求めて困ってる人には、本物の霊能者に出会ってほしいと思います。困ってる人は藁をも縋るという精神状態ですからね。ただ、信じても信じなくても僕はどちらでも構いません。本業はちゃんと別にありますし、仕事として人に何か手助けをしているわけでもないので。ただ、今回のあなたへの発言は間違っていない自信があります。どうですか?」「はい。普通の人が聞けばキ〇ガイ扱いされそうですが……。数か月前、私が凹んで打ちのめされていた時に、私を励ましてくれた金星人? ですかね。金星から来たという人と植物園で遭遇しました」 「その人物はあなたに会いに来た目的を何か話しましたか?」「え~っと、それは何も聞いていません。ほんと、どうして私の前に突然現れたのでしょう。私ったら呑気ですよね。根本さん、何か分かりますか?」
93 「振られたな……」奈羅のことが好きだったと告白したのに、そこは完全スルーされ稀良は 落ち込んだ。 しばらく気持ちを落ち着けるために部屋に留まったが、そのあと奈羅に 続いて稀良も部屋を後にした。 ◇ ◇ ◇ ◇稀良には翌日からまた、研究漬けの日々が待っていた。 一日を終え、働き疲れ軽い疲労を抱えた稀良が白衣を脱ぎ捨ててドームの 長い廊下を歩いていると、顔馴染の摩弥《♀》に声を掛けられた。「調子はどう? なんかオーラが暗いよね」「分かってるなら訊くな」「落ち込まない、落ち込まない。今度あたしがデートしたげるからさ」「あー、ありがとさん」 「何奢ってもらうか考えとく」「おう」 軽い遣り取りをしているうちに2人はドームの外に出ていた。前方には彼ら2人の位置から5・6m先に奈羅が立っていて、明らかに 稀良を待っていたふうで、稀良に視線を向けているのが見てとれた。 「あらあら、もしかしてあの人が落ち込んでる原因? じゃぁまっ、あたしはお邪魔虫にならないよう消えるわ。またねー」「あぁ、また」 稀良に手を振り離れて行く女と稀良を、奈羅は目をそらさずじっと 見つめていた。 そんな奈羅の元へ稀良が歩いて来て声を掛ける。 「俺のこと、待ってた?」「うん……」 「フ~ン。それじゃあさ、これからデートでもする?」「うん」らしくなく、乙女のように俯いて奈羅が答えた。ふたりは肩を並べ夕暮れの中、恋人たちや友達同士と、人々が賑わう街中へと 消えて行った。 ****綺羅々の懸念していたことは現実となり、奈羅に復讐するはずが何たること……。 綺羅々は稀良と奈羅の恋のキューピットになってしまったのだった。 ―――― お ―― し ―― ま ―― い ――――
92 「おねがい、ほしいの……」この短いダイアローグ《DIALOGUE》が二人の合意となった。たわわでまだ瑞々しい魅力的な乳房にはただの一度も触れないまま、尻フェチの稀良は奈羅と結合に至る。ここで稀良は綺羅々のまま退場するのがいいだろうと考え、しばらくの間、彼女との快感の余韻に浸り、そのあと身体から離れようとした。だが、奈羅の動きの方が早かった。くるりと身体をを反転させたかとおもうと稀良を下にして、彼にキスの雨を降らせ始めたのだった。その内、稀良の胸や腹にもやさしい愛撫をしかけてきた。それでまたまた稀良のモノに元気が漲り《戻り》、今度は正常位でもう一戦、彼らは本能のまま快楽の中へと身を投じていった。大好きで長い間片想いをしてきた綺羅々と二度も想いを交わすことができた奈羅は幸せだった。「綺羅々、ずっと好きだった。だから、今あなたと一緒にいるのがまだ夢みたいよ」奈羅は自分の告白に無言のままでいる隣に横たわる男に視線をやる。男はベッドの上、上半身を起こした。その髪型とシルエットから奈羅はその人物が綺羅々でないことを悟り、愕然とする。「残念だけど、俺は綺羅々じゃない」「どうして?」「言っとくけど君がしてほしいって、ほしがったんだからね。そこははっきりさせとく。俺は前から奈羅のことが好きだったからうれしかったよ。俺たち体の相性もいいみたいだし、付き合わない?」頭の中真っ白で混乱しかない奈羅は、素早く下着を付け服を着る。稀良も話しかけながら帰り支度をした。互いが衣類を身に着けたあとで、奈羅はもう一度稀良に詰問した。確かに自分は綺羅々と一緒にこの部屋へ入ったはずなのに。いくら問い詰めても綺羅々の方にどうしても帰らないといけない用事があったため、綺羅々が|自分《奈羅》のことを稀良に託して先に帰ったのだと言う。自分は酔っぱらってはいたけれど、しばらくシャワーに入るという話もしていて、絶対当初この部屋にいたのは綺羅々だったはず。だけど、酔っていただけに100%の自信が持てない自分がいた。よもや、自分がした同じような手口で復讐されるなどと思いつきもしなかった奈羅は、綺羅々を責めるという発想は出てこなかった。このまま稀良といても埒があかないと考えた奈羅は、部屋に稀良を残したまま部屋を後にした。
91 あまりの気持ち良さに奈羅は現世からどこか別の所へとしばらくの間、 意識を飛ばしてしまっていた。 意識が戻ったのは身体に別の快感を覚えたからだった。この時はまだうつ伏せ寝のままだったのだが、首筋から両肩、背中、腰と その辺りを行きつ戻りつ絶妙な力加減でマッサージを施していたはずの手の 動きに変化が あり、眠たくなるような心地良さから肉体的快感、性的感覚 を伴うものへと変わっていったのである。 奈羅は今の状況に歓喜した。ずっと綺羅々と性的関係になりステディな関係になりたいと思っていたからだ。 気付くと先程まで腰から下を纏っていたバスタオルが取り払われていた。綺羅々とバトンタッチした稀良が、しばらくの間は綺羅々と同じように マッサージしていたのだが、どうしてもバスタオルの下にある奈羅の下半身 を見てみたいという欲求に逆らえず、早々にバスタオルを取っ払って しまったのだ。 目の前に現れた形の良いぷるるんとした双丘に目を奪われ、 稀良は一瞬固まってしまった。 尻に釘付けになっている眼球に身体中の熱い血液が集中し 漲ってくるのが分かった。 もう今や、稀良の暴走しようとする勢いは理性では止められないほどに 高まっていて、手は豊満な美しい双丘を這っていた。 しばらく撫でまわしたあと、できるなら最初から触れてみたかった双丘の なだらかな斜面を下りきった所にある秘密の場所へと指を滑り込ませてい った。そして指の腹で秘所の周辺を撫で愛でていった。その時、奈羅の喘ぐような切ない吐息が漏れるのを稀良は 聞き逃さなかった。急いで稀良は身に纏っていた衣類を脱ぎ捨てマッパとなり、彼女の 上《背中》へと胸、腹とそれぞれをぴったりとくっつけた。そして首筋から肩、背中へと愛し気に愛撫を施していった。そして身体のあちこちに触れながら、一番施したかった場所へと口元を 近付けた。そこは双丘にある割れ目の根本であり、ぎゅっと両手で広げたかと思うと、 そこから舌先で秘所を弄んだ。すると、それに比例して奈羅の喘ぎ声が途切れることなく続いた。一応、稀良はジェントルマンなのでレイプ魔のようなことはしない。そんな稀良は奈羅の耳元で囁く。「していい?」すると奈羅が答えた。
90 (最終話-番外編へと続く)「シャワー終わったよ。どう、君もシャワー行けそう? それともこのまま朝までゆっくり寝とく?」 「私も行くわ。折角綺羅々との時間ができたんだもの。 朝までただ寝てるなんて有り得ない。待って、私もシャワー浴びてくる」 「急がなくていいよ。ゆっくりしておいで」 ◇ ◇ ◇ ◇「お待たせ……」「こっちに来て」俺はまだ足元のふらついている奈羅を抱き寄せる。 彼女の力が6割方抜けた感じだ。「まだ体がシャンとしてないだろ? うつ伏せにそのまま横になって。 マッサージして身体をほぐしてあげるから」「ありがと。綺羅々ってやさしいんだね」 自分がコナを掛けても冷たい反応しか返してこなかった綺羅々が部屋を とってくれて、その上抱かれる前にマッサージまでしてくれるだなんて 奈羅は幸せ過ぎて夢心地だった。 今夜のひと時が終わってもまだまだこの先も綺羅々との幸せな時間があり、 2人の未来があるのだ。 この時、奈羅は女の幸せを存分に味わっていた。 それを知ってか知らでか、綺羅々の手によって部屋の明かりが最小限に 落とされ、濃密な部屋の中、淫猥な空気が流れ始めるのだった。綺羅々は奈羅の巻かれただけのバスタオルを背中越しに腰の辺りまで ずり落とし、丁寧なマッサージを施し始めた。そして15分経った頃、後ろに控えていた稀良と絶妙なタイミングで 入れ替わった。相手は酔っている上にマッサージの施術で全く気付いていないようである。綺羅々は稀良に親指を立て、ゆっくりと静かにその場から立ち去った。 『くだらない方法だけど、仇はとったよ薔薇』 綺羅々は今いるラボ《研究所》は辞めて別の場所を探すつもりでいた。 心機一転、研究もプライベートも一から立て直そう。そう心に誓い、いろいろあったハプニングに別れを告げ、 夜明け前の人通りの少ない静謐な空気の中へと溶け込んでいった。
89 「わぁ~、あたし、どうしよう。酔っぱらってきちゃったー。 もう飲めないよ。私の代わりに綺羅々飲んで」 「はいはい、何言っちゃってるんだぁ~。天下の奈羅様が。 もっと飲めるだろ? はーい、どんどんいっちゃって」 「きついって」 そう言いながら俺がコップに酒を注ぐと奈羅は上目使いに俺のことを 見つめて、グイっと酒をあおった。 『いいぞー、その調子だ。ドンドンいけー。何も考えずガンガン飲めー』 見ていてもかなり酔っているのが分かる頃、俺は悲し気に言った。 「俺、薔薇のことが好きだったんだよね」「ん? 薔薇は……だけど薔薇はいなくなっちゃったんでしょ。 もう忘れなよ。あたしが慰めたげるからさ」 「そうだよね。ありがとーね、奈羅」「ふふん、どういたしまして」 『もうフラフラだな、コイツ』 「かなり酔ってるみたいだし、どこかで今夜は泊まって明日帰るとしますか」「はーい、さんせーい」 会計を済ませ予めとっておいたアンモデーション《宿泊施設》の 505号室に入室した。 入室すると同時に彼女はトイレに駆け込んだ。トイレの隣にある浴室を開けて確認すると稀良がちゃんと予定通り 待機していた。俺たちは改めてアイコンタクトを交わす。 「ごめんなさい、飲み過ぎたみたい。 でも、少しだけ横になったら大丈夫だと思うのよ」 「OK.じゃあその間、俺シャワーしとくよ。お先に」 俺は奈羅がベッドに横になるのを確認し、シャワールームに向かった。 実際にシャワーを浴びるのは稀良の方だ。 その間、俺はシャワールームの前で待つ。シャワーの音が止まるのを合図に上着をドア横のハンガーに掛け、 奈羅の横たわるベッドの側まで行く。
88 ―――――――― 攻略《罠》―――――――――俺はラボ内で奈羅を見つけ、飲みに行かないかと誘った。俺が真実を知っていて彼女を恨んでいるなんて知らない奈羅は、ノコノコとパブに1人でやって来た。「綺羅々が誘ってくれるなんて、あたしびっくりしちゃった。うれしー」「久しぶりだよね。あれから半年振りくらいかな。あんなことがあったのに俺、冷た過ぎたかも。何となく気になって連絡してみた。元気だった? もういいヤツ《彼》できた?」「う~ん、男友達は何人かできたけど、彼氏はまだかな」「じゃあ俺と酒飲んでも大丈夫かな」「勿論、誘ってくれてうれしかったわ」薔薇に酷い仕打ちをして悲しませた女が目の前にいる。俺は実りそうだった恋をこの女の罠でぶち壊された。今に見てろ! 俺の誘いをすっかり俺からの好意だと思い込んでいるこの勘違い女を驚かせてやろう。こんな女のこと……少しは驚くかもしれないが、さてどうだろうな。しばらくすれば落ち着きを取り戻し案外楽しむ感覚になるだけかもしれない。だが、俺に嵌められたかもしれないことはいつまでもこの女の心に残るだろ? それだけでもいいさ、何もしないよりは。つまらないことをしようとしている自覚は大いにある。俺は話題が途切れないようポツポツとだが奈羅に話し掛け、時間をかけた。何のって? 勿論、酒をどんどん勧めて酔い潰すためさ。
87その次にきた波が俺を襲う。 「稀良《ケラ》、俺は奈羅にお前を勧めて紹介できるほど親しくはない けど、お前の気持ちを成就させるための協力はできるかもしれない。 少々荒療治かもしれんが……」「どんな?」『――――――――――――――――――――』 あとは知らん、野となれ山となれ戦法だな。少々強硬手段だが上手くいくかも……もしくはいかないかも。 「いや、そんな強硬路線じゃなくてまずはデートに誘いたいっていうか、 交際の申し込みをだな……」 「俺だって親しくないんだから自分のことならいざ知らずお前の代弁とか 無理……」チャラ男のくせに目の前の男は度胸がなさそうだ。 「こうすればいいじゃないか。イタす前に了解取れば。 『いいのか?ってさ』 録音でもしとけば証拠になるだろ? それを聞けば彼女だってお前を責められないだろうし、ある意味合意 なんだからお前だって自責の念にかられることもないだろ? そのあとなら一度や二度断られてもアプローチしやすいだろ?」 「だけど一度パブで同席しただけの俺に一緒にその……部屋まで付いてきて くれるかな。自信ない」 「そこは大丈夫。部屋までは俺が連れてく。 そこのところで協力できるからこその俺の提案、この案はね」 「親しくないと言いながらそこは自信があるって……えっ? そういうこと?」 「はっ?」「彼女、お前とならアンモデーション《宿泊施設》に簡単に付いて来るって こと?」「う~ん、どうだろう簡単ではないかも。五分五分だな」 「ちょっ……ちょっと待ってくれ。 そういうことなら俺の出るまくねえじゃん」「いやいや、出てくれよ頼むよ、ぜひとも。俺、実は彼女から同じようなことされてさ、心臓止まりそうになったこと あるんだよ。だからお前の話聞いてリベンジしたくなったんだよなー。 俺もヤツ《奈羅》の心臓止めたいんだよっ。 そのせいで好きな彼女に失恋した」「恨んでるんだー」 「あーぁ、恨んでるね。 本当なら彼女Loveのお前じゃなくてどこぞの荒くれどもにその役を 任せたいくらい気分なんだよ」「あー、その役どうかどうか荒くれどもじゃなくて、俺に、この俺に してくだせー、綺羅々様」 今回のシナリオは前から考えていたわけじゃない。薔薇を失った絶望感が大き過ぎて、奈羅への復讐
86 あの日、どういうことで奈羅に付いて行ったのか? アンモデーション《宿泊施設》の同じ部屋で、まるで2人の間に何かあったかのような怪しい雰囲気の映像が無断で撮られ薔薇に送り付けられていたわけで、明らかに確信犯的犯行と思わざるを得ない。薔薇が地球上での生が終わるのを待ち、ようやく元の同じ場所同じ時間軸に連れ戻せると期待して次元と時空の狭間で待ち受け、そして望み通り薔薇を見つけることができたのに……行き違いがあったとはいえ金星でお互いが両片想いだったこともようやく確認し合えたというのに……なんと薔薇には自分との前世よりももっと遥か彼方より契りを交わしていた愛しき男がいたというではないか。探して追いかけて待って待ち続けた結果が、予想もしてなかった結果に綺羅々は男泣きをした。そして絶望に襲われた時、綺羅々の胸に憎悪とともに仄暗い感情が芽生えた。 ◇ ◇ ◇ ◇綺羅々は薔薇が金星からいなくなったしまった日から、地球上の時間軸で計るなら半年しか経っていないところへと戻った。バーの片隅で酒を飲んでいるところへ見知ったヤツ、稀良《ケラ》が隣に座った。久しぶりだな綺羅々。最近見かけなかったけど元気だった?……ってあんまり元気そうじゃないな。別の日にしたほうがいいかな。「いや、構わないさ。で、何?」「奈羅と少しくらい交流あったりする?」「あったらどうすんの?」「取り持ってもらえないかと思ってさ」腸煮えくりかえるほどの名前を耳にし、思わず綺羅々は平常心を失くすところだった。「で、いつから? 彼女と同じラボ《研究室》になって1年弱だろ」「いやさぁ、それがつい最近深夜に連れとパブに繰り出したらちょうど奈羅も友達と来ていて明け方まで相席して盛り上がったっていうか」「ふーん、それで?」「なんか、いいなぁ~って思ってさ。ただ何となく素面で誘うのって苦手なんだよな」「話が見えない……。俺に相談? 何の?」『交流あったりする?』の質問にあるともないとも答えられるはずもない綺羅々は、相手の意図するところを探ってみる。「あれから気になって、奈羅のこと」目の前のチャラ男はらしくない発言をする。目の下と首筋がほんのりと赤いじゃないか。本気なのか? それにしても奈羅の二文字を聞かされた俺はというと、吐き気がし
85「だけど、一緒には行けない。私ね、地球に産まれて永遠のパートナーがいることを知ったの。その人《夫》と長い長い気の遠くなるくらい長い時を経てまた巡り逢えて、その夫だった圭司さんが迎えに来ることになってるの。彼がね、今際の際『この世とあの世の狭間に行くことができたらそこで待っててほしい。必ず迎えに行くから』って言ったの。だから、私はここでずっと彼を待ってなきゃいけないの。綺羅々、私のことは忘れていい女性《ひと》見つけて」お互いの行き違いのあった気持ち、そして美鈴とは両片想いだったことの確認もできた。だけど、自分との出会いのあとで永遠のパートナーに出会ったという。このことが綺羅々にとっては、返す返すも悔しいことだった。綺羅々は思わず薔薇の腕を取り、再度自分の気持ちを伝えた。「僕との金星での一生を終えてからその人とまた再会すればいいんじゃない? その人はまた少しくらいなら待っててくれそうじゃない?」そう薔薇の気持ちに揺さぶりをかけてみるも彼女は首を縦に振らない。綺羅々が彼女のことを想い切れずに腕を放さないで佇んでいると……。1人の男《根本圭司》が薔薇の腕から綺羅々の手を振りほどくと「悪いね、彼女を俺に返して」と言い放ち、薔薇を抱きしめて言った。「待たせてごめん。心配したろ? 不安にさせてごめん」そうやって男は薔薇に謝りながら肩を抱き、綺羅々の前から立ち去った。自分だってどんなに薔薇を好きだっか。ずっと薔薇が人間としての一生を終えるのを待っていたのに。交際をして妻になってもらいたいと思っていたのに。こんな結末が待っていようとは……。思えば思うほどひたすらに奈羅のことが呪わしく、心の中で彼女への憎悪が膨らんでいくのを止められなかった。そして綺羅々は失意のうちに宇宙船に乗船し、金星へと戻って行くのだった。